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2017.04.29article
アメリカ大統領とアイルランド系移民 (後編)
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アイルランドの移民の歴史をアメリカ合衆国にフォーカスしたお話の後編です。アイルランド人のディアスポラ (大離散) は続きます。

アメリカ大統領とアイルランド系移民 (後編)

 

 

ジャガイモ飢饉

Famine1845年から1850年に渡りアイルランドで起こったジャガイモ飢饉 (Potato Famine / the Great Famine )。100万人が飢えや病気で命を落とし、200万人が北米へ生きるために渡って行きました。日本ではこの飢饉は、「アイルランドの土地が痩せていたために起きた自然の摂理」 のようなこととして話されますが、実際は人災の性格が多分にあります。現に、ジャガイモの不作はアイルランドに限ったものではなく、ヨーロッパ全体に起こっていました。ジャガイモ飢饉アイルランドだけが甚大な被害を被ったのには、その時代の経済の仕組みと植民地政策があります。

イングランドによる植民地化のもと、カトリックのアイルランド住民は高い地代や税金を課せられ、払えない者は強制退去させられ土地を失い、小作人になって行きます。地主は穀物よりも利益を上げやすい家畜を飼うため、畑を牧草地に変えました。これにより必要の無くなった借地人や農業従事者を追い出していきました。また、イングランドの工業製品はアイルランドの熟練工も貧困に追いやっていきました。アイリッシュは地主に収めずに済むジャガイモで何とか生活してゆきます。このような被支配層のカトリックであるアイリッシュが、ジャガイモしか得られない状況に追いやられていたときに、ジャガイモが枯れる病気が起きるという悲劇が起きました。

Potato Famineさらに、反アイリッシュ、反カトリックの偏見がイングランド支配層の大飢饉に対する無策を助長しました。実際、この危機的状態の中、食料の市場への供給不足による価格高騰を恐れたイングランドは、穀物、肉、乳製品など大量の食物を、アイルランドからグレートブリテン島へ以前と同じように運び出していたのでした。 また、アメリカからの救援用のトウモロコシの多くはイングランドに送られてしまいます。歴史家によっては、植民地アイルランドで、イングランドが何もしないことによって抵抗勢力を排除できると考えた、と言う人もいますが定かではありません。ともかく100万人が死んでいっている時に、食物がアイルランドから運び出されていた事実は、飢饉が自然の摂理などではなかったことを示しています。ただ、これを契機に穀物の輸入を制限し、イギリス国内の穀物価格を高値に維持する、階級間の格差を助長してきた、「穀物法」が1846年、廃止されることになりました。

 

 

アイルランド語の衰退

アイルランド語は植民地支配によって支配層の英語に駆逐されて行きますが、依然として一般の人々の間では使われていました。ヘンリー8世による王の宣誓もアイルランド語に翻訳さなければならなかったぐらいです。しかしアイルランド語はこの大飢饉で大きく衰退します。土地を奪われ飢饉で餓死したり移民していった殆どが、被支配層のアイルランド人だったからです。

 

 

新天地、アメリカで

Shipスコッチ・アイリッシュと違い、悲惨な状態から何とか旅費を工面でき、しかも棺おけ船と呼ばれた悲惨な船旅で(20%が死亡!)、命からがらアメリカに渡ったアイリッシュは、プロテスタントの国、アメリカにおいてまたも偏見の犠牲になります。アイリッシュの貧しさはカトリックと関連付けて考えられ、カトリック教会そのものが民主的制度の敵として捉えられたのでした。 "Help Wanted – No Irish Need Apply" 「人材求む – アイリッシュの応募、お断り」の張り紙が出され、職に就くことがもできず差別されます。そんな中でアイリッシュがありつくことが出来たのが、過酷な運河や鉄道などの建設現場での仕事でした。

アイルランド人はケンカ好きという俗説がありますが、恐らく移民当初の、仕事も見つからず手に職のない者への偏見から出たものでしょう。また、苦しい生活の中、酒に溺れてケンカをする者が出たりもしたでしょう。ちなみに、そんなアイリッシュでも腕っ節だけでお金を手に入れられるボクシングというものもありました。

 

 

南北戦争

  Meagher
トーマス・フランシス・マハー
 (Thomas Francis Meagher)
ニューヨーク第69部隊、"The Irish Brigade" 准将

アイリッシュへの偏見も南北戦争 (1861-1865) のころから、しだいに薄らいでゆきます。アイリッシュの戦いでの貢献が不信感を和らげて行きます。南北戦争では多くのアイリッシュが犠牲となりました。アイリッシュは当初、周囲の彼らへの不信感からアイリッシュだけで1つのブリゲイド(旅団)に組織されることが多くありました。新天地への忠誠心を示すため故郷から離れた土地で、アイリッシュで編制されたブリゲイドが、南北に分かれて殺しあうという悲劇も起きました。今ではいくつもの勇敢なアイリッシュ・ブリゲイドの話が伝えられています。アイリッシュ・トラッドの歌、『 Paddy's Lament 』 などを聞くと哀しい当時の様子が窺われます。

 

 

政治進出と大統領選挙

アイリッシュは、増える同郷人の数とその連帯意識を利用して、労働組合をつくり、公務員への雇用権利の獲得など、次第に力をつけてゆきます。また、雇用機会の見返りに選挙の票を獲得するなど、政治的にも力を発揮してゆきます。タマニー協会といった政治クラブはニューヨークで大きな力を持つようになり、1870年代にはバールーム・アソシエイション(酒場結社)がボストンなどで多く作られ政治的にアイリッシュが進出してゆきます。

50 Centsそうしてたどり着いた頂点がケネディ家なのです。ちなみに、ケネディ家は飢饉の時期の移民ですが、経済的には比較的良い方で、チャンスを求めてアメリカに渡った人でした。1960年代にはアイルランド系の人々は社会で受け入れられていましたが、ジョン F. ケネディの大統領選ではカトリック教徒ということが足を引っ張ります。この時点でもカトリックの大統領は生まれていなかったのです。ケネディは、選挙戦中、ヒューストンでの演説でこの宗教の問題について、次のように述べます。「どの教会を私が信じるかは重要ではない。それは私個人の問題である。大切なのは、どのようなアメリカを私が信じるかと言うことだ。」このような発言で、カトリックということへの不信感を払拭してゆきます。結局、ケネディは第35代のアメリカ大統領となります。カトリックのアイルランド系アメリカ人が大統領になるのに、建国から実に185年かかったことになります。

Capitol Hill White House

 

 

ケネディ大統領

ケネディは、メディアの台頭、公民権運動、ベトナム介入、キューバ危機、暗殺、といった、アメリカ現代史に大きなインパクトを与えた事柄に関った大統領のため、誰もが知っています。また、若く、任期半ばで亡くなったこともあり、絶頂期のイメージのまま、皆の記憶に残り、人気の高い大統領です。アイルランド本国でもケネディ大統領訪問の際の歓迎振りは今でも語り草です。(RTÉのサイト) (JFK Library and Museum)

JFK悲惨な状況から這い上がってきた大飢饉以降のアイリッシュにとって、またカトリックとして偏見を乗り越えたアイリッシュにとってケネディ家は成功の象徴的な存在なのです。アイリッシュとして誇りを持っていたアメリカ映画界の巨匠ジョン・フォード監督は、ジョン F. ケネディの大統領当選を知り言ったそうです、「初めて一流のアメリカ人になれた気がした」と。

 

[ 2008年8月 Samon ] 2017年4月 一部加筆

 

参考文献:
アイルランドからアメリカへ 700万アイルランド人移民の物語
   / カービー・ミラー、ポール・ワーグナー、茂木健訳 / 東京創元社
ケルト歴史地図 / ジョン・ヘイウッド、倉嶋雅人訳 / 東京書籍
ブッシュ家とケネディ家/ 越智道雄 / 朝日選書
ケネディ家の人びと/ ピーター・コリヤー、デヴィッド・ホロウィッツ、鈴木主税訳 / 草思社
西欧言語の歴史 / アンリエット・ヴァルテール、平野和彦訳 / 藤原書店

 

[ INJ Link アメリカ大統領とアイルランド系移民 (前編) ]


Views of the Famine : http://xroads.virginia.edu/~hyper/sadlier/irish/irish.htm
10 Downing Street / Sir Robert Peel : www.gov.uk/government/organisations/prime-ministers-office-10-downing-street


アイルランドからアメリカへ―700万アイルランド人移民の物語

Irish Brigade.com : www.irishbrigade.com
69th New York / History : www.69thnewyork.co.uk/History.htm
RTÉ Archives : www.rte.ie/archives
The White House / John Kennedy : www.whitehouse.gov/1600/presidents/johnfkennedy
The John F. Kennedy Library and Museum : www.jfklibrary.org

INJ Link アメリカの中のアイルランド
INJ Link ケルティック・フェスティバル in シカゴ
INJ Link タイタニック号と20世紀初頭のアイルランド

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